調査・研究

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獣医学・生態学・生物学

クマタカに対する鉛汚染状況調査

シカ猟は全国各地で行われており、海ワシ類よりも分布域が広いイヌワシやクマタカなどの猛禽類も鉛中毒の被害に遭っていると考えられます。しかし、これらの種は、比較的狭い範囲に何千羽もの個体が越冬する北海道の海ワシ類と違って、少ない個体数が分散して山岳・森林地帯に生息しています。そのため、被害個体や死体を発見することはまれで、これらの種への影響を証明することは極めて困難です。ワシ以外の猛禽類における鉛中毒の発生状況なども全国規模で精査し、鉛禍の現状を正確に把握することは、この問題を全国規模で効果的かつ敏速に解決するためにはとても重要だと思います。

2003年と2004年冬、北海道東部の釧路市阿寒町の山林で外見上健康なクマタカを捕獲し、血液中の鉛濃度を測定する調査を行いました。最初の年に4羽、翌年には7羽のクマタカを捕獲し調べたところ、このうち2羽は血液中の鉛濃度が中毒量に相当する0.6ppmを上回り、また別の6羽でも高濃度の鉛に汚染されていることが明らかになりました。鉛弾規制が強化された2015年冬に同地で行った調査では、捕獲したクマタカ10羽のうち2羽で高濃度の鉛汚染が確認されました。
これらのクマタカはただちに野生生物保護センターに運ばれて治療が施され、最終的に血液中の鉛濃度が低い値で安定するのを確認した上で、標識用の足環(あしわ)と追跡用の小型発信機を装着して捕獲地近くに野生復帰させました。しかしながら、放鳥から数日後に個体が再度エゾシカの残滓(ざんし)を食べた例が追跡調査で確認され、クマタカのシカ死体への依存度が極めて高いことがあらためて明らかになりました。また、高濃度の鉛汚染が確認されたため治療し放鳥した幼鳥が、翌年再び鉛を摂取して中毒死したことが分かりました。さらに、鉛中毒状態で捕獲された亜成鳥1羽も、治療・放鳥してからわずか3カ月後に鉛中毒死体として回収された例もありました。このように、北海道に生息するクマタカの間で鉛汚染が予想以上にまん延していることや、一見健康と思われるクマタカも実際は極めて高い確率で鉛による影響を受けていることが明らかになりました。体内に取り込まれた鉛は個体の死亡率を上昇させるだけにとどまりません。エゾシカの猟期中に鉛を採食し、体調を崩したクマタカが果たして正常な繁殖行動を開始できるかどうかは非常に疑問です。すなわち鉛は自然界への個体の供給にブレーキをかけてしまうことも予想され、死亡率の上昇とともに短期間のうちに個体数を減少させる要因になりかねないのです。

発信機を用いた追跡調査では、クマタカの幼鳥や亜成鳥が短期間のうちに100キロ以上も移動するケースがたびたび観察され、定着性の高い繁殖個体の生息圏から鉛を排除するだけでは本種の鉛中毒を防ぐことが困難であることも分かってきました。クマタカは北海道以外にも広く分布しており、その生息環境内で鉛弾が使用されている場合、人知れず鉛中毒になっている危険性が極めて高いといえます。鉛ライフル弾などを被弾した動物の未回収死体や狩猟残滓を好んで食べることに加え、水鳥やエゾライチョウ、キツネなど(本州ではキジやヤマドリも)、鉛散弾によって狩猟が行われている鳥獣も捕食する可能性があるからです。

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