獣医診療専用の手袋


 鋭い爪や力強いクチバシを持つ猛禽類の取り扱いには細心の注意が必要です。どのような場合でも、動物と人間の安全を確保することが非常に重要となりますが、相手が巨大なオオワシやシマフクロウとなるとこれがなかなか大変です。特に獣医師は診療時に両手の微妙な感覚を必要とするため、ラテックス製の薄い手袋のみを装着して動物と接することが多くなっています。素手に近い感覚を保持しつつ、猛禽類の爪やクチバシから身を守ることが出来る...そんな夢のような手袋はできないものか?
革手袋を装着したまま採血


 長年温め続けてきた思いが、シカ革の加工を専門に扱う組織※の方と偶然知り合ったことにより、実現しました。孔が開きにくく、しなやかで、その昔高級武具にも使われていたキョンの革を使ってみてはどうか?とのご提案。キョンは中国などに生息する小型のシカです。近年、動物園から逃げ出したキョンが千葉県の房総半島などで増え、生態系への影響や農作物への被害が懸念されています。中国でも個体数管理のために捕獲が行われており、この貴重な革を有効活用すべく輸入しているとのお話しでした。
※奈良県毛皮革広報協同組合
微妙な力加減が必要な点眼も


 話し合いの末、共同で革手袋の開発を進めることになりました。試作品が送られてくる度に、治療の現場で何度も使用し、改良すべき点を「ダメ出し」。そしてとうとう、獣医診療専用の革手袋ができあがりました。指先や掌は最低限の防御機能を保ちながらも素手感覚。手の甲や手首から肘にかけては、鋭い爪やクチバシによる攻撃に耐えられるようにやや厚めの革で作られています。そのまま触診や採血・注射、点眼などが可能な上、水洗いもできます。
こちらは保定専用


 獣医療はチームワークです。ストレスをかけ過ぎず、安全に動物を保持することを「保定」と言います。手際よい診療には確実な保定が必要とされますが、こちらは診療を行う者以上に動物の攻撃から身を守る必要があります。このため、保定専用のグローブも同じキョンの革を使って開発しました。
 診療用グローブと異なり、全ての部位に厚めの革が用いられているものの、非常にしなやかで動物を抑える力加減の調節が容易です。
試用を繰り返し安全なものを


 試作品を使い、実際に猛禽類の捕獲や保定を行う時は緊張の連続です。手袋のもつ防御能力や使い勝手がまだ解らない中で、動物と人との安全を確実に確保しなくてはなりません。今まで使ってきた牛やエルクの革でできたグローブと異なり、非常に素手に近い感覚で作業を行える反面、柔らかい革が素肌に密着する事もあるため、大型の猛禽類を取り扱う場合には、長袖シャツやフリースの上から手袋を装着するとより安全性が増すと思われました。ゴワゴワした牛革と異なり、ビロードのように柔らかいキョンの革は、猛禽類の緊張を解くようです。
  柔らかいシカ革は安心感を与える?


 治療のために入院室から診察室に向かうシマフクロウの表情も、いつもより少しリラックスしているように見えませんか?  壊れかけた自然界のバランスを立て直すために奪われた命。人間活動によって傷つき、消えそうになっている命。「一つの命が与えてくれた貴重な素材を、別の命を救うために大切に大切に役立てたい。」命のバトンリレーに立ち会いながら、獣医師は生命の重さをヒシヒシと感じ、人間と動物が本当の意味で共存できる世の中を目指し、次の一歩を模索するのです。
 
   
  手袋についてのお問い合わせは、奈良県毛皮革広報協同組合(0667768890)まで。